■アスリート系
小関 桃
(2004年度・健康スポーツ学専攻卒)
■
青木ジム所属
小関 桃さんはプロボクサーとして、WBC女子・アトム級世界タイトルの防衛を続けています。2011年11月の試合に勝ち、7戦連続タイトル防衛を果たしました。試合後に、コメントをいただきました。
<2011.12UP>
【7戦連続防衛、おめでとう。9ラウンドまで優勢に進めていたのに試合中断となってしまって、ちょっと残念だったね。】
そ
うですね。あそこまでいったら、やはり最終回のゴングを聞いてスッキリ終わりたかったというのが本音ですが、相手も必死だし偶然のバッティングは仕方のないことです。でも額を切ったのが自分で、試合が終盤だったのはほんとに良かった!もし相手が負傷して前半だったら、負傷ドローになっていたので…。
【相手はどんな選手?】
伊
藤選手は、本来はガンガン前に出て打ち合いを得意とするファイターです。けれど、今回は足を使ってボクシングしていましたね。1年前に、お互いスパーリングしたんですけど、その時も足を使っていました。サウスポー対策か、小関対策なのかはわかりませんが…。
私
、ゴリゴリのファイターが大好物なんです(笑)。カウンターを合わせて、回したり、いなしたり、相手の突進を空回りさせるのは、昔から得意でした。だから足を使ってきたのかな。足を使う相手には、プレスをかけてジワジワ追い込み、後半失速したところで連打を浴びせる作戦が有効です。この1〜2年、試合や色んなタイプのボクサーとスパーリングしていく中で、色んな武器を身につけてきました。
【今回はパンチに迫力があった。体も一回り逞しくなったね。かなりトレーニングした?】
そ
れもこれも、3年前のタイトル獲得後から始めた地獄の走り込みと、どんどんバージョンアップしてくフィジカルトレーニングの成果が、少しずつ実を結んできているからだと思います。
【試合を簡単に振り返って?】
試
合前は、伊藤選手がいつもどおり突っ込んできても、足を使ってきても、どっちでもいいと思っていました。結果的に、相手は足を使ってきました。でもその戦法は、こちらのスタミナ的にはすごくラクなんです。1R終わってコーナーに戻った時、「この展開だとラクだなぁ。」って思いました。セコンドの指示も、「前半はパンチが当たらなくていいから、とにかく動かして疲れさせろ。」と…。
相
手は試合で6ラウンド以上戦ったことがないし、減量もきついはずです。まして足を使って動き回れば、後半必ず落ちてくるし、パンチ力もなくなる。そしたらもうこっちのものだから、まずはじっくりプレスをかけて、近づき過ぎないことを心がけました。特に前半は、不注意な被弾や頭が当たるのが怖いですから…。
左
は警戒してくるだろうから、前半はそう当たらないだろう。右から崩してサイドから丁寧に…。という練習をしてきたんですが、思った以上に1発目に合わせる左が、良く当たりました。
も
ちろん向こうもすぐ修正してきますから、同じパンチでは当たりません。心理戦でひとつ先を読むようにしました。相手が右を返してきたところをスウェーして左とか、練習でやってきたことが狙った通りにできて、4ラウンドのインターバル中にコーチに「ほら引っ掛かっただろ。」って言われました。
上
下に打ち分けたり、左から打ったら次は右にしたり、フェイントを使ってタイミングをずらしたり、同じ左を当てるにもちょっとずつ変化をつけたり、とにかくワンパターンにならないように気をつけました。
「あ
のスタイルで10Rは持たない。後半どこかでガクンと落ちるからそこで勝負。」と思っていて、6ラウンドが始まる時、「さぁ、そろそろ私の時間…」と思ってコーナーを出ました。ところが想定外に相手のスタミナが落ちなくて、驚異的な粘りでした。伊藤選手は37歳です。「この試合に向けて相当ハードな練習したんだな。もともと根性ある人が、全てを賭けて挑んでくるとこんな強くなるのか。」って思いました。
7
R、8Rと進んでも相手はあまり落ちてこない。ポイントはリードしていたので、セコンドにも「このままでいい。」って言われていて、まだ「生きている」相手を強引に追い詰めたりせず、チャンスを狙っていました。
【9ラウンドにダウンを奪ったね。】
あ
れはタイミングが良かっただけで、おそらく効いていないと思います。私も「あっ倒れちゃった!」って思ったくらいですから(笑)。あそこでまとめようとは思わなかった。
10
ラウンドは、向こうも倒すしかないと必死だったし、こっちも逃げる気はなかった。来るなら迎え撃つという状況の中で起こった、あのアクシデントです。向こうの頭が私の眉間にぶつかりました。ぶつかった瞬間は、そんなに痛くはなかったです。でも、温か〜いのがおでこから吹き出してきて「げっ、血だ。」って思いました。
【悔しくなかった?】
ち
ょっと残念な幕切れだったけれど、あの出血量ではストップでも仕方がない。「しょうがねぇよな。」っていう感じ。それまではお互いの持ち味を出して、クリンチも反則もない気持ちいい試合だったのでまあ納得はしています。
医
務室で処置を受けたあと、今回の試合を裁いてくれた中村レフェリーに、「いい試合だったな。小関が頭気をつけて打っているのが良くわかったよ。すごい練習したんだな。最後のアクシデントは、防げなくてごめんな。」と声をかけていただきました。
中
村さんは、去年3ラウンドで負傷ドローとなった秋田屋戦の時のレフェリーです。あの時は自分のバッティングだったので、「自分、絶対嫌われているだろうな。」と思っていたのに、なんかそう言っていただけてありがたかったです。
【今後は?】
も
っともっと、あれもこれもやりたかった。コーチと10年かけて築き上げてきた戦術の引き出しは、まだまだこんなもんじゃないんですよ!だから、課題は山積みです。
【次の試合も応援しています。頑張ってください!】
<2011.12収録>
小関 桃さんは、女子プロボクシングの選手です。ニチジョ生の頃から、アマチュアとして活躍していましたが、2007年にプロに転向しました。現在WBCアトム級の世界タイトル保持者です。プロボクサーの生活について聞いてみました。
<2008.09UP>
【8月に行われた、世界タイトル戦の試合を簡単に振り返ってください。】
ア
トム級の世界タイトル戦でした。アトム級は、去年WBCで新設された女子の最軽量級です。対戦相手はタイのウインユー・パラドーンジム選手で、現チャンピオンでした。去年、私は彼女とタイで一度試合をやっていて、その時は判定で負けました。今回は1年ぶりの再戦で、ウインユーにとっては初防衛戦となる試合でした。
国
内で初の世界戦だったので、もっとガチガチになるかなと思ったけど、カーンって鳴ってからはカラダは動いていました。立ち上がりは良かったと思います。打ち合いに持ち込めればこっちに分があると思っていたので、最初からどんどん前に出て手数を出して行く作戦でした。後半のいちばんきついところでポイントが取れるような練習をしてきたので、5〜8ラウンドが勝負どころだと思っていました。
2
ラウンドにウインユーが倒れた時はびっくりしました。バッティングで頭があたった意識はあったのですが、自分は何ともないのに相手は倒れていて「なぜ?」と思いました。フックも当たってはいるのですが…。気がついたら、レフリーがカウントを取っていて、「エーッ」という感じでした。こういう試合結果は、自分としてもすっきりしないというか、心残りです…。
【試合の結果は、WBC本部の裁定待ちとなりましたね。結果が出るまでどんな気持ちだった?】
な
んというか、有罪か無罪かの判決を待っているような気分でした。私自身は、今回負けたらボクシングそのものも考え直そうと思っていて、そういう意味では、白か黒かはっきりさせる日だと思って試合に臨んだのですが、新聞にも書かれたのですけど、「灰色か…。」って思いました。
で
も、負けていたら先に何もつながらなかったけれど、負けてはいないし、たとえ王座がはく奪されようと、ノーコンテストになろうと、最悪でも再戦はできるだろうって思っていました。だから、気持ちは明るかったというか前向きでした。
8
月22日に、メキシコのWBC本部から、タイトル決定の正式な通知を受けました。それとともに、1試合の選択試合をはさんで、その次の試合でウインユーとの再戦が義務づけられました。私はすぐにでも再戦したい気持ちがあり、1試合後と言わず次の試合でできるように、相手方にオファーを出しています。返事はまだもらえていませんが。次の試合は12月8日ということだけが決まっています。
【ボクシングを始めたきっかけは?】
子
どもの頃はサッカーをやっていたのですが、中学になってサッカー部に入ろうとしたら女子は入れなくて、地元の女子サッカーチームに入りました。でも、練習が物足りなくなってもっとカラダを動かすために、ジムに行き始めました。
ニ
チジョ2年生の時、アマチュアボクシングの全日本大会で、チャンピオンになることができました。翌年も、階級をひとつ下げてチャンピオンになりました。北京オリンピックでボクシングが正式種目になるかもしれないという期待もあり(残念ながらなりませんでしたが)、卒業してからもアマチュアでやり続けていました。
た
だ、このままアマチュアでやり続けても先が見えて来ないので、モチベーションを保つのが厳しいところもありましたが、ボクシング自体をやめようとは考えませんでした。5回大会で再度チャンピオンを取り、さらにこの上を目指すには、もうプロになるのしかないのではと思い始めました。
【どうやって、プロになったのですか?】
当
時日本では、女子プロボクシンクは正式には認められていませんでした。JBC(日本ボクシングコミッション)が、認める方向には動いていましたが。ある日、コーチに「世界ランキングに入っているタイの選手からオファーがあったぞ。一足先にタイでプロをやってみるか?」って言われました。タイでは、女子のプロボクシングが認められていました。
コ
ーチは、昔タイでプロボクシングをやっていた人で、現地にボクシング関係の知り合いがたくさんいました。ただし、その世界ランカーと試合をするには、事前にタイでノンタイトル戦を3戦こなさなくてはならないということでした。でも3勝したら、その相手とアトム級の王座決定戦ができるとわかり、これはもうやるしかないと思いました。
今
思うと、あれが私の転機で、いちばん大きな決断だったと思います。あの時迷って「いや、やっぱりいいです。」とか言っていたら、今の自分は絶対にないでしょうね。去年の5月26日、タイでプロデビュー戦をやりました。それが決まったのは、試合の2週間前でした。それを皮切りに、6月15日、7月6日と、3週間インターバルで3戦をこなしました。
【タイでのプロボクシングはどうでした?】
試
合前日にタイに入り、試合をして、すぐ日本にトンボ帰りして、次の試合のための練習という日々でした。飛行機が遅れてタイ到着が明け方になった時は、入国審査を受けながら、もうダメかと思いました。空港からそのまま計量所に直行して、ネムイ目をこすりながら体重を計り、ホテルに行って朝ご飯を食べ、ちょっと休んでさあ試合に行くぞっていう感じでした。
3
戦目には、試合会場に向かっていたクルマの運転手が道に迷い、2時間半もかかってやっと着いた時は、クルマ酔いで気持ちが悪くなっていました。会場と言っても、市場の片隅にある仮設のリングで、子どもたちの試合の合間にプロの試合が1つだけ組まれてるようなものでした。試合はもう30分後にせまっていたので、すぐに着替えてグローブを付け、アップもそこそこで試合に臨みました。結局、その3戦には全部勝つことができました。
【念願の王座決定戦ですね。】
対
戦相手のウインユーは、当時タイの女子では世界ランキングが一番上の選手でした。去年の8月31日、アユタヤの試合会場で、ゾウに乗って2人並んで一緒に入場しました。乗り方がわからないので、彼女がグローブをつけたまま教えてくれ、ゾウの上に座って「タイ語はできる?」「いや、英語ならちょっと。」とか喋っていました。日本では、並んで入場することも、試合前に対戦相手と話すことも普通はないので、ちょっとびっくりしました。
試
合は判定負けでした。4ラウンドには相手がハーハーしていて、スタミナが切れているのがわかりました。4ラウンド後のポイント公開の時はほぼイーブン、敵地でイーブンってことは、こっちが勝っているってことなんですが、後半、クリンチやバッティングでごまかされている間にウケになってしまったというか、やられているわけじゃないけど勝負を決められなくて、8ラウンド後のポイント公開ではポイントが向こうに流れてしまっていました。だから今回の再戦では、後半に絶対ポイントを取るっていうことがテーマだったんですけど…。
去
年11月にも、タイで試合をしました。ライトフライ級の世界タイトル戦でした。ライトフライは2階級上で、体重は全然アンダーですけど、世界戦なんてそう何度もできるものじゃないので、挑戦できるならやりたいって思いました。対戦相手はチャンピオンのセムサン・ソー・シリポーンという人で、なんと刑務所に入っていて厚生の一環としてボクシングを始めた囚人でした。私は負けた気はしないんですけど、この時も判定で負けてしまいました。
【日本でプロになったのはいつから?】
今
年に入ってからです。いよいよ日本でも女子プロボクシングができるようになり、5月にプロ立ち上げ戦、6月にノンタイトル戦をこなして、日本でのプロの戦績は2戦2勝になりました。そして今回のウインユーとの再戦に臨みました。
【世界タイトルが決定してから、どう過ごしていました?】
い
ちおうチャンピオンになって、少し時間もできて、「ああ、自分これから、何を目指して行こう?」ってボーッと考えていました。私がこうなるのをコーチは察していたみたいで、ある時ユーチューブでドイツの女子プロボクサーの試合を見せてくれました。WBAのフライ級チャンピオンで、それを見た時、私は衝撃を受けました。
そ
れは、同じチャンピオンとして恥ずかしいと思うくらい、すごい試合でした。パンチ力も、ボクシングのレベルも全く違いました。あんなすごい映像を見せられたら、自分はゼンゼン弱い!世界チャンピオンって言っても、今の私は名ばかりだっていうことがわかりました。この映像は、私を一喝じゃないけど、完全に私の気持ちを入れ替えさせてくれました。
そ
れから自分の地位にちゃんと追い付くための、猛特訓を始めました。今までは、朝1時間ほど走ってから、バイトに行き、日曜日以外の夜は毎日ジムで練習をしていたのですが、今までの練習はなんだったんだって思うくらい、きついものでした。
【どんな練習ですか?】
対
戦相手もまだ決まってないので、今はひたすらフィジカルトレーニングをやっています。相手が確定していたら、もっと戦術的な方に頭が向いちゃって、こう来たらこうかなとか色々考えちゃうんですけど。今はまだ、バンテージも巻くなって言われています。
今
やっている練習は、普通は合宿でやるようなものです。でも私たちは、ジムにいるプロ4、5人と時間を合わせて、近くの公園に行ってやっています。コーチも、ストップウォッチと蚊よけを持って行きます。女子は私ともうひとり、ライトフライ級のチャンピオンの2人だけです。
ま
ず800mのダッシュをインターバルで10本、それから、追い抜き(みんなで走りながら、後ろからダダダッて抜いていく)を4キロ、17〜8分で。男子の選手と一緒なので、だんだんつらくなって来て、次の周は抜けちゃおうかなって頭によぎるんですけど、そこは我慢して。
あ
とはサーキットトレーニング。腕立て、ジャンプ、小刻みに走って戻る短距離ダッシュの3通りを10セット。アヒル歩き(ひざを曲げた状態で体幹をずらさずに歩く。メチャクチャ腿にきます。)を入れて5セット。手押しグルマ(手をついて足を持ってもらう)を10往復、おんぶしてスクワットをやったあと、走って戻ってくる、など色々…、メニューがどんどん増えていくんです。
【それだけやるとお腹もすきそうですね。】
逆
に疲れ過ぎて、「ウッ」ってなって食えないんです。でもそういう時ほど食べなきゃいけないから、無理矢理詰めこみます。トレーニング重ねていくうちに、持久的な練習をやればやるほど、だんだん絞られてきちゃって、マラソンランナーのような体つきになってきました。公園に向かう途中、練習のことを考えると吐き気がしてきます。やりはじめちゃうと勝手にからだが動くんですが。
【ボクシングで大事なものはなんですか?】
「お
まえはスタミナはあるけど、集中力がねえんだよ。」って、コーチに言われたことがあります。スタミナを集中して使い切るっていうのが大事です。たとえば試合で10ラウンド戦うなら、11ラウンド目のスタミナなんかいらないわけで、全部使い切るほうがいいのです。
い
っしょに特訓している女子の選手は、韓国で世界戦の試合をやった時、5ラウンド終わった時点で、もうスタミナが切れていて、次のラウンドに倒せなかったらタオル投げるぞってコーチに言われ続けながら、さらに5ラウンド戦ったらしいです。スタミナ切れてもあと5ラウウンド戦えるっていうか、スタミナを全部使って出し切っちゃうところがすごい。終わったあとはぶっ倒れて、自分で救急車呼んでくださいとか言っていたらしいんですけど。
出
し切るのは勇気がいるんですよ。自分は、人と比べるとスタミナある方だと思われています。でも、使い切っちゃったらどうなるんだろうって思って恐いんですよね。だから、出し切っちゃう人はすごい。自分は、タイで2回、世界戦10ラウンドやっているけど、終わったあとはまだ力が残っていた。まだ使い切っていないんですよね。それで負けた。情けないっていうか…。だから今回の世界戦は、全部出し切ろうと思っていました。
あ
と大事なのは、やっぱり精神力でしょうね。これは性格とかもあるでしょうけど、きつい練習をして初めて強い心がつくと思うんですよ。今の走り込みもきついけど、「コレ乗り切ったら凄い精神力つくぞ。」って信じながらやっています。試合前に「死ぬほど練習をしてきたんだから、大丈夫、絶対大丈夫。」って言い聞かせる。試合で勝敗をわけるのが、技術とスタミナと精神力だとしたら、技術なんて配分すると10のうち1だと思います。あとはもうスタミナと精神力。そのくらい重要っていうか、そんな気がします。
【なかなかつらい仕事ですね。】
そ
うですね。最近、仕事だってちょっと思ったりして(笑)。でもやっぱり自分は、逆に8時間フルタイムで働くとか、普通の人がやっているようなそういう仕事ができないから。きつい練習メニューを、800mダッシュとか、ヘドはきながらこなせても、週5日8時間勤務とかは絶対できないんです。なんででしょうね?
【ニチジョ時代のことを教えて。】
私、
実は卒業が半年伸びちゃったんです。卒論を途中でドロップアウトして、単位が足りず…、ハイ。研究室のレベルが高いのも知らずに、安易に選んだのが失敗のもとでした。その時、私にとっては大事な国際試合が控えていて、卒論はチームで朝早くから夜まで実験とかをやっていて、参加しているとジムに行くのが夜遅くなり、次の日起きれない、走れない、で、もう悪循環。今考えると自分が甘かったんですけど、もう両立できないと思ってしまった。
そ
して卒論をやめてしまい、他の何かの授業で後期に取りかえせばいいと思ったら、もうそういう授業はなかったんですよね。9月にも卒業できるっていうのがわかって、次の年1期下の学生達にまぎれて前期の授業を受けました。9月卒業の人は他にも3、4人いて、小さな会議室みたいなところで、学長に卒業証書を授与してもらいました。だから、みんなと一緒の卒業式には出ていません。
【シュウカツは?】
シ
ュウカツはまったくしていません。私は就職しても絶対にやめてしまう、ひと月ももたないんじゃないかって思っていました。バイトも、長く続いたことがないので。3か月以上続かないんですよ。こらえ性がないんでしょうか。ボクシングをよく続けていけるねとか言われるんですけど。
た
だ、さすがに将来のことも心配だったので、ニチジョを卒業したあと、栄養学校に行って栄養士の資格を取りました。でも結局、ボクシングをやりながらでは、栄養士としてフルタイムで働くことはできないので、今は、老人ホームの厨房で調理補助のアルバイトをしています。これは半年続いています。母に、「こんなに続いたのはじめてだね。あんたにしては良くがんばっている。」って言われます。
【今はアルバイトで生活しているのですか?】
そ
うです。週に3、4回、10時から2時までの昼限定でやっています。続く秘訣は、毎日やらないことですね、ウン。2日に1回とか、試合でしばらく休むとか、そうするとなんとか続きます。私がボクシングやっていることは知っていて、チーフも応援してくれ試合の時も予定を考慮してくれたりするので、ありがたいです。
こ
んな調子なので、あまりお金にはならないです。ジムの会費と交通費とあとちょっとくらい。いつも親に前借りしているので、給料日にそれを返すみたいな感じです。親元にいるので、ご飯もあるし他に使うこともないので、今は甘えさせてもらっています。次の試合で私はどうなっているかわからないし、先のことは今のところ短いスパンでしか考えられないですね。
【ボクシングをすることでお金になりますか?】
ア
マチュアの時は、全て自費でやっていました。タイでプロとしてやっていた頃は、行き帰りの交通費と滞在費などは出してもらえました。今も、ボクシングではそんなに稼いでいませんが、今回の試合では、ファイトマネーをちょっともらいました。母に渡したら「貯金しておきなさい。」って言われました。対戦相手に選ばれて試合に招聘された時などは、ファイトマネーの金額の提示があったりするようです。
あ
とは、チケットを売ってプロモーターに還元する金額との差額をもらうとかです。今回は、試合を観に来てくれるだけでありがたいと思ったので、友達には差額もナシで買ってもらって、そのままジムに渡しました。実は、今回の試合のポスターを見たときに、「私のために、こんなに高いチケット代を払って観に来てくれるお客さんはいるんだろうか?」と思いました。でも同じ日に試合した選手が、お客さんをすごく呼べる実力の持ち主なので、お客さんはかなり入ってくれたみたいです。
フ
ァイトマネーだけで暮らしていくっていうのは、男子の世界チャンピオンくらいじゃないでしょうか。だから、大体みんなバイトしながらやっています。テレビも、亀田兄弟みたいに話題性のある人であればゴールデンタイムでやったりしますけど、普通は日本タイトルマッチでも夜中の放映ですから、放映権料と言っても会場代程度みたいです。
【ボクシングを続けていくためのモチベーションは何ですか?】
フ
ァイトマネーっていうのは、私にとっては、あまりモチベーションにはならないですね。ボクシングやっている中で欲しいものと言ったら、自分の中では、強い人とやりたいとか、実力を認められたいとか、そういうことはいっぱいあります。
自
分は地味なタイプなんで、強い人とやらないと自分を発揮できないというか、強い人に勝って初めて自分の実力を証明できるというか…。ハデじゃないんですよね。ライカ選手みたいに、ブンって一撃で倒しちゃうとか、ああいうのがないんで。10ラウンドしっかりやって、相手に「ああ小関にはかなわない。」って思わせて勝つというのが、自分のスタイルだと思っています。
【プロとアマの違いはなんだと思う?】
ア
マチュアの時、「気持ちだけはプロだ」ってコーチに言われました。それでコーチも本気で教えてくれるようになったようです。毎日走って毎日練習することは、自分にとっては当然で、だからプロになる時にすごい気持ちの切り替えをしたことはないんです。
た
だ、もっと勝ちたいという意識が強くなりました。チャンピオンになって、より責任感が増したような気がします。もう恥ずかしい試合はできない。次もちゃんと勝って、初めてそれでプロ、チャンピオンだって認めてもらえるんだろうなと思っています。
コ
ーチに「今までは、アトム級何位とか言ってもなかなか相手にしてくれなかったけど、今はベルト持っているんだから、一流選手でも喜んでやってくれるし、やる権利を持っているんだよ。」って言われて、なるほどと思いました。
【今の夢を教えてください】
ユ
ーチューブで見た、あんなチャンピオンが目標です。でも次の試合で、自分があんな試合できるかって言ったらできないけど、絶対に。次の次もまだできないだろうけど、でも、いつかああいうほんとに強い、真の世界チャンピオンになりたいです。女子でも、6回戦やっている男子ボクサーなんかぶっ倒しちゃうくらいのね。何戦かかるかわかんないけど、一戦一戦積み重ねていけば、いつかはと思っています。
【家族はボクシングをやることについてどう思っていますか?】
父
は、ホントはあまり良く思っていないようです。アマチュアの頃は賞状なんか持って帰ると、「おう良かったじゃないか」なんて言ってくれたりしたのですが、私がタイでデビューする時は猛反対していました。私には直接言わなかったのですが、母とはかなり言い合いになったらしく、母は、「もう仕方ないじゃない。やるって言っちゃったんだから。」ってなだめていたようです。
母
は応援してくれます。今年の5月6月の試合は、応援団長みたいになって、知り合いに声をかけてチケットもいっぱい売ってくれました。今回は世界戦だったので、兄も「おう、すごいな。」ってチケットを売ってくれました。父も、今回は試合を観に来てくれました。
【スポーツ選手は、いつか引退しなくちゃいけないですよね。そのことは考えますか?】
い
つかどころか、次で最後になる可能性もあるっていつも思ってやっています。タイの世界戦の前、夜眠れないとき、「これで負けたら、ボクシングやめて何をしよう?」って考えていて、「持久力があって自転車も好きだし、あと水泳だけやってトライアスロンの選手になろうかな?」とか、とりとめもなく思ったり…。滞在中のホテルで、ジムのスタッフに「トライアスロンっていいすかね?」って聞いて、「そういうのはさあ、試合終わってから考えなよ。」って言われました(笑)。
せ
っかく学校に行ったのですが、栄養士はどうも自分が食べて行くための仕事にならないような気がします。働くとしたら、やはり運動・スポーツ関係のほうがいいんだろうな。母にも「それはアンタ、調理とか栄養士とかホントに好きじゃないからよ。ボクシングのきつい練習にたえられるのは、ホントに好きだからだ。」って言われます。
【ニチジョ生はスポーツが大好きだと思うけど、スポーツを仕事にはなかなかできないですよね。全てを投げ打ってプロボクサーになる…、そういう生き方、他のニチジョ生にすすめますか?】
す
すめない。だって、自分はホントに、出会った人とか、タイミングとか、そういうのがピタッと、最高にベストな感じで一致して、今があるんだなって思うから。1つでもずれていたら、すべて崩れていると思うので、自分と同じようにしたらいいとは絶対言えないです。ただ、好きなことがあるとしたら、一番好きなことは、諦めちゃいけないんじゃないかなとも思います。大学4年の時にボクシングやめて、ハイ就職しなさいって言われても、自分にはできなかったし…。
で
も例えば、友達の小堀はすごいシュウカツをして、あいつのプロ意識はそこにあったというか、就職活動をすることで彼女のプロ魂が開花したんじゃないかな。ずっとホテルで働きたいって思っていて、その夢をかなえたんだから。大澤だって、なんであいつが店長なんだよって(笑)。戦う場所は違うけど、ニチジョ生って、社会のなかでリーダーとしてやっていったり、自分の願望や夢を実現する方向に向けてくパワーがあるっていうか、そんな気がするんですよね。人生に対して、前向きというか…。
【ボクシングには、どんな人が向いてると思いますか?】
腕
が長い、足が長い、筋肉質とか、そりゃいっぱいあるんですけど、最近になってつくづく思うのは、やっぱり地道にコツコツできるヤツっていうか、あきらめないヤツ。途中までは、運動神経で勝つこともあるんでしょうけど、でもやっぱり最後は、早く走れるんじゃなくて、諦めないでゴールできるヤツ、そういうヤツが勝つんじゃないかと思う。
長
くやっていたら絶対強くなりますよ、ボクシングは。女子のボクシングについて言えば、もっと広まればいいなとは思ってはいます。ニチジョ生なら、素質はみんなあると思うけど…。もちろん、教える人とか周りの環境もあるんですけど。自分が強くなって来たのは、コーチのおかげですね。
【最後にチャンピオンベルト見せてください。】
こ
の国旗の数だけ加盟国があるという話です。男子のは、もうちょっと大きくてまるいんです。チャンピオンじゃなくなっても、このベルトは持っていられます。
【まいて寝たりした?】
寝
ませんよ。痛そうじゃないですか(笑)。