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小関桃 アスリート系
小関 桃(2004年度・健康スポーツ学専攻卒)
青木ジム所属

 小関 桃さんは、WBC 女子アトム級プロボクサーの世界チャンピオンとして、タイトル防衛を続けています。14戦連続防衛に成功し、具志堅用高さんの持つ国内最高防衛記録を抜きました。

<2014.08UP>

———V14おめでとう。鮮やかなTKOでした。

 あれだけ当たっているのに相手が倒れないのでちょっとあせりました。練習してきたこともうまく出せなかったのでまだまだです。

———この記録は確実にプロボクシング界の歴史に残ります。今回はニュースにも大きく取り上げられていましたね。

 これだけ取り上げてもらえるのも今回だけです(笑)。

———これからは数字はもう意識しなくても良くなったのでは?

 そうですね。具志堅さんの数字に並んだとか越えたとかいう点での注目はなくなると思いますから、少なくとも日本のメディアのプレッシャーからは解放されるかな…。
 でも女子の世界記録更新は現在進行形で、アルゼンチンとドイツにバケモノみたいなチャンピオンがいて、彼女たちが今14回…。あの人たちは次元が違いますから30回くらい防衛するんじゃないですか?!

———これからの目標を教えてください。

 「一戦一戦…」、あれ?今までといっしょか(笑)。はっきりいって、国内ではもうV15もV16も一緒だと思うんです。防衛回数を重ねるだけなら意味がないというか…。V14新記録達成でやめたほうがいい。
 国内の女子プロボクシングの世界は興行的にも厳しく、防衛を重ねてもなんのメリットもありません。この世界に夢がないことは、私たち女子はもうとっくにわかっています。

———それでも15回目に挑戦する理由は?

 「また強くなってるよ、コイツ!」っていわれたいから…?自分がどこまで強くなれるのか限界が見てみたい…。幸い自分はケガもダメージもないし、からだもまだ動く。伸びしろというか可能性がある限り、戦える以上は続ける。それだけです。
 あ、それだけじゃない。応援し続けてくれる人がいます。自分なんかの試合で「励まされた。」とか、「勇気をもらった。」とか言われたらやめられません。施設のこどもたちが「次も応援に来る。」って言うから、「次も勝つよ。」って約束しちゃったし。その約束は破れないでしょ!?

———トレーニング、つらくないですか?

 練習、好きなんです!!走るのも苦じゃないし、しんどい練習も大好き!バカでしょう (笑) ?自分でも変わってると思います。

———まるで修行僧のようですね(笑)。家族の人はなんと?

 私は母に「しょっちゅうやめる。」だの「やめない。」だの愚痴をこぼしているんですが、母から「諦めなさい。これがアナタの天職だ。」って言われました(笑)。

<2014.08収録>

 小関 桃さんは、WBC 女子アトム級プロボクサーの世界チャンピオンとして、タイトル防衛を続けています。12戦目はメキシコの選手との指名試合が行われました。

<2013.11UP>

———とうとう12戦まで来ましたね。今回の対戦相手は?

 今回は指名試合と言って、WBCが対戦者を指名してきました。挑戦者はメキシコから来たアトム級ランキング1位の、ノラ・カルドザ選手。事前の映像で観た印象では、打ち合いもするしフットワークを使ったボクシングもできる。このクラスにしてはパワーがあってパンチも固そう。身長は自分と同じか、ヘタしたら自分より大きいかも…。
 挑戦者が来日して、最終調整の練習を見に行って来たコーチが、「思ってたほどパンチねぇな…。変則的な打ち方もしないし、たいてい右から打ってくる。」私たちが観た映像は、数年前のもので画質も良くなかったのです。今の挑戦者の状態を事前に知ることができて、試合直前でナーバスになっていた私は、少しリラックスできました。
 前日の計量で挑戦者に初めて会いました。顔がちっちゃくて手足が長い、典型的なメキシカンボクサーでした。背は私より若干小さいくらい。印象的だったのが「目力」。原住民っぽい黒くて大きな瞳で、フォトセッションでにらみ合いをさせられ、向こうはまったく目をそらさなかった。別に挑発してるわけでもなく、準備万端っていう自信がみなぎっていました。そういうのが苦手な私の方が下を向いちゃいました。

———試合が始まって?

 1R開始のゴングが鳴って、あの目はハッタリじゃないと思い知らされるまでに、さほど時間はかかりませんでした。1Rによくある「おたがい様子見」が今回は全くなく、最初からバチバチ打ち合っていきました。至近距離で打ち合いしている時、偶然のバッティングで向こうの額が流血してしまいました。WBCルールでは、負傷してない方に減点1が課せられます。
 その時はさすがに焦りました。それは減点させられたからじゃなくて、指名試合で高いお金を払ってメキシコから呼んでいるのに、「1R負傷ドローなんて勘弁してくれよ!」と思ったんです。
 そうしたら今度は、2Rに自分がまぶたの上を切って向こうが減点になりました。けっこうボタボタ血が垂れてきて、「これはもう最終ラウンドまで行かないかも。」と…。5Rまでなんとか行けば負傷判定になるので、「もう力を温存せずに全部出し切っちゃおう。」と思いました。
 「これ以上、血出るなよ。」「4R終わるまでレフェリー止めんなよ!」と祈りながらも、頭の中は意外と冷静でした。ただ1Rから「カルドザ、パンチあるな〜」とずっと感じていて、「コーチのウソつき(笑)!」って思いながらガッツリ打ち合っていました。

———4R後の公開採点ではリードしていましたね。

 有効打はこっちが上だし、「ポイントは押さえてるはず…。」と思っていました。公開採点でこっちがほぼフルマークと聞いて、「ここまでの戦い方に間違いはない。」と確信しました。今回はジャッジ3人中2人がカナダ人で、「メキシコ寄りの採点をしてくるかも…。」と気になっていたのですが、まずはひと安心しました。
 両陣営(セコンド)の止血テクニックのおかげもあって、中盤戦に入っても試合は続行されていました。手数と回転の速さでポイントはリードしているものの、決してラクな展開ではありませんでした。まぶたの血が目に入って視界がボヤけるし、相手は「絶対諦めない。」っていうあの目力で打ち返してきました。
 だからいつも以上に手数を増やして、連打でポイントを取りに行きました。その分被弾も多かったですね。決定打は貰わなかったんだけど、パンチ力があるので一発で命取りになります。相手のスタミナが後半になっても落ちなくて、弱気になりそうなのを必死で堪えて、我慢のラウンドを続けました。
 7R終了時の公開採点では、大きくリードしていたので、終盤戦はヘタな打ち合いを避けて、足を使ってダンスダンスのエスケープをしました。これも勝つための戦法です。結果、最終的には大差で勝てましたが、自分が練習してきたこと、見せたかったことが思うようには出せなかった。

———試合を終えてどう思いました?

 カルドザは今までの挑戦者の中で一番強かったです。そんな、「本気で獲りに来ていた。」相手に勝てたことを嬉しく誇りに思います。試合後も彼女は笑顔で挨拶に来てくれて、ボクサーとしても人間としてもリスペクトできるヤツでした。相変わらず目力が凄かったけど(笑)。
 タフな試合でしたが、自分はセコンドワークに救われて終始冷静でいられました。「もう血止まるからな。」「このペースでいいぞ。」いつも怒られてばっかりなのに、今日は怒られない。だから「よしっ頑張ろう!」とモチベーションも上がったって、子どもか(笑)。
 でも今回は、「ボクシングってチームプレーなんだな。」って思い知らされた一戦でした。追い込みの時期に、女子のスパーリングパートナーがいなくて、やむなくミニマム級の男子に相手してもらって調整を進めました。やっぱり男子のパンチは重くて、フィジカルコンタクトでも吹っ飛ばされる!「骨格が違うな。」と感じました。
 そういう選手と6Rスパー後に、コーチと高速ミット打ち4R。もう「ヤバい。ツラい。マジでムリ…負けんの?諦めんの?イヤだ!絶対勝つ!!」って自問自答しながら動いて、…いや動かされていました。あの練習のおかげで、相手のパワーに負けない地力と馬力がついたと思います。

———怪我したところは大丈夫?

 試合翌日の眼科の検査も異常ありません。外科でカットした傷も縫合して、来週、抜糸が済んだら練習再開です!

———次はいよいよV13戦ですね?

 具志堅さんの記録に並ぶとかメディアは騒いでいますけれど、具志堅さんの頃とは時代が違うし、男子と女子では歴史も選手層の厚さも違うので、単純に数字だけを比較するのはムリがあると思います。でも、女子の記録・歴史をつくるのは自分の使命だから、次も絶対勝って、女子の防衛記録をひとつひとつ更新していきたいです。

<2013.11収録>

 小関 桃さんは、WBC 女子アトム級プロボクボクサーの世界チャンピオンとして、タイトル防衛を続けています。9戦目は同級9位の国内選手と対戦し、9連続防衛を果たしました。

<2012.12UP>

———今回はどんな試合になると思いましたか?

 今回の挑戦者の花形選手は、気合いを前面に出して戦うタイプです。一方の私はと言えば「自分のボクシングの持ち味はスタミナ。」取材や会見ではいつもそう言ってきました。でも実は、自分の最大の武器は「気持ち」だと思っているんです。精神力や我慢強さ、内に秘めた気持ちの強さは、誰にも負けない自信があります。だから今回の戦いは「気持ちと気持ちのぶつかりあいになる。」と思っていました。そして実際の試合も予想通りの展開になりました。

———序盤からいきなりヒートアップした打ち合いになったね。

 ほんとはあんなに盛り上げるつもりはなかったんです。淡々と自分のペースを貫き、危なげなく見せ場もなく、中盤以降は向こうの大応援団が静まり返るくらいの大差の判定で勝つ…、いつも通りの作戦でした。
 だけど、相手の闘う気持ちがあまりにも強くて、自分もそれに応えて…というと聞こえがいいですが、思わず挑発に乗ってしまいました。ボクサーの本能というか…、決して暴走したつもりはないんですが、けっこう派手に打ち合ってしまいましたね。おかげで試合後3、4日は筋肉痛がひどかった。
 でもあの大歓声の中でも、セコンドの声はちゃんと聞こえてたし、自分では終始冷静なつもりでしたよ。ただ試合内容に関しては、説教部屋行きです(笑)。「結果は打ち合っても勝てたけど、お前はボクシングの技術で圧倒しなきゃダメなんだよっ!」コーチの言葉が今回の反省点の全てです。

———でも客席は大盛り上りでした。

 確かに今回は応援合戦もあって、自分の試合にしては珍しく盛り上がりました。コーチは喜びませんが、応援席の仲間は喜んでくれました。コーチが「よし。」と頷くいつもの安全運転の試合では、みんなにはつまらないし物足りない…。ここはプロのボクサーとして、悩むところです。自分に圧倒的な実力があれば何の問題もないんでしょうけどね…。でも、コーチは「試合前の状況を考えれば上出来だ。」とも言ってくれました。

———試合前の状況は?

 実は試合の2日前、真夜中にひどいめまいと吐き気と下痢に襲われ、一睡もできず、朝を待って病院に駆け込みました。待合室で憔悴した私の頭に浮かんだのは、「世界戦2日前に試合キャンセルなんて前例あったか?キャンセル料ってどのくらい?」チケットを買ってくれたみんなの顔が次々に浮かんできました…。
 勝つとか負けるとか以前に、戦える状態ではなかった。医師の診断結果は、「恐らくノロウィルス。2日後の試合は絶対ムリ。」医師の話を聞きながら、頭の中では「ムリかどうかは自分で決める。」とぼんやり思いました。
 コーチに電話して事情を話したら「お前は練習量も体力も貯金があるから大丈夫だよ。何も心配ないから今日はゆっくり休みな…。」と寝ぼけた声で言われました。
 その日は一日中寝てました。「今日は水分だけ摂休めよう。明日の計量後にはおかゆかうどんが食べられる。消化のいいものを食べ続けていれば、月曜の夜にはリングに上がれるはず…。」とか、もう、いいほうに考えるしかなかった。
 後で聞いたら、コーチも今度ばかりはダメだと思ったらしいです。ノロウィルスについて調べまくったらしく、翌日、計量会場で会ったコーチはノロ博士になってました(笑)。
 試合前日の朝、起きて体重を量ったらリミットを大きく割ってしまっていました。スープとおかゆを摂って、少しでもリミットに近づけて、相手陣営に不調を気づかれないようにしました。計量後にはうどんすきを食べ、夜はすっぽんのスープで煮たうどんと雑炊、当日はうどんとおかゆを食べました。

———それで力が出たの?

 自分はもともと減量がキツくないし、体調を崩す前日まではガッツリ肉も食べていましたから、これまでの練習で蓄えた筋肉中のグリコーゲンは1日や2日で無くなったりしません。アマチュアの頃は計量後はいつもうどんでした。プロになってタイで試合してた頃は、最後の食事は決まってトリ粥でした。これがうまいんです!やっぱり、試合を控えて緊張した身体には胃に優しいものがいいんでしょうね。
 幸い、当日の朝には下痢も治まり通常の便が出て、自分の中では「よしっ、完治したぞ!」と吹っ切りました。

———それにしても、試合前にそんなことがあったとは知りませんでした。

 別に今回のパフォーマンスが、体調不良の影響だといいわけしてるのではありませんよ(笑)。でもノロにかかったのがあと一日遅かったら、完全にアウトだったと思います。神経質過ぎるくらい体調管理に気をつけてきたつもりですが…。コーチ曰く「ノロにかかるかどうかは運なんだ。」自分はギリギリ試合に間に合ったので、悪運が強いみたいです(笑)。
 今回はリングの内外でたくさん学ばせてもらいました。そしていつも以上に、家族やスタッフ、応援席の仲間に支えられました。ひとりなら、試合のリングに上がることは絶対不可能だったし、フルラウンド戦い抜けなかった。ほんとうに感謝です。

<2012.12収録>

 小関 桃さんは、WBC 女子アトム級プロボクボクサーの世界チャンピオンとして、タイトル防衛を続けています。8戦目はフィリピンの選手と対戦し、8連続防衛を果たしました。

<2012.06UP>

———今回の対戦相手はどうやって決まったの?

 今回はWBCが義務付ける「指名試合」という位置付けです。一定期間の間にランキング上位の選手と対戦しなくてはいけない決まりがあって、最初に対戦を予想していたのはアメリカの選手だったのですが、スケジュールの都合などで交渉が成立しませんでした。
 色々紆余曲折があって、4月の中旬くらいにやっとフィリピンのジュジス・ナガワ選手に決まりました。ナガワ選手は、WBCのランキングは8位ですが、最近は中国などで2連続KO勝ちしていて、アジアチャンピオンのベルトを獲得しており、戦歴は自分の倍以上で、2〜3階級上の相手と闘ったりして、海外での場数も踏んでいます。今回は得意の打ち合いでパワー勝負に持ち込んでくるだろうと思っていました。
 私は、コツコツパンチを当てていって早く相手の攻撃に自分を適応させて、いったんペースを握ったら、後半は得意のスタミナ勝負で思うままに試合を操る、という展開をイメージしていました。もちろん相手だって研究してくるから、そんなに思い通りにいくはずはないんですが。ここ2戦はやりたいことが割とできていたから「今回も…」って考えていたんです。

———実際にやってみて?

 終わってみれば勝負には勝ちましたが、内容はここ最近で一番ひどかったですね。やっぱりアジアチャンピオンはダテじゃなかった…。自分の持ち味は、「ハイ、左。次は右からワンツー」みたいに、セコンドと会話するようなリズムなんですが、今回はひとりでやっているみたいで全然楽しくなかった。
 動きが中途半端で攻撃もスムースにいかなくて、最後まで自分のペースがとれなくて。相手との距離もムダに近づいて頭が当たったり、つまらないパンチをもらったり。ステップひとつで全部回避できるはずなんですけど…。

———それでも試合は終始優勢に進めていた。

 ポイントは取っていたけど、気持ち的にはずっと焦りがありました。悪いところを修正し切れず、ズルズル最後までいっちゃった感じです。

———10ラウンド終わった時は何を考えましたか?

 ラストラウンドが終わった直後、「あー、練習してきたことが全然出せなかったなぁ…。」って思いました。10ラウンド淡々と闘って、中身の薄い試合で逃げ切ってしまったことが、もったいなくて悔しくて…。

———職人魂だね(笑)。

 とにかく今回は反省だらけで、ギリギリ最低合格ラインです。救いは、とにもかくにも勝ったこと。負けたら終わりですから…。取りあえず次がある、それだけです。

———試合が終わった今はどう思いますか?

 今は、「考えうるすべての結果の中では、いいほうに入るのかなぁ。」って思っています。負傷ドローとかじゃなくてほんとに良かった。
 ずっと一緒に闘って来た富樫選手、昨日、メキシコで負けたらしいんです。彼女もV8をかけた試合だったのですが…。記録なんていつか破られるもんです。自分はそれよりもっともっと強くなりたい。こんなとこで終わりたくない!まだやりたい相手、やらなければいけない相手がたくさんいますから。

———次の目標は?

 あまり先のこと考えてもしょうがないので、今の目標はV9です。ボクシングは他の競技と比べても、ケガや事故でいつ選手生命を断たれるかわからないですから、絶対後悔しないようにしたいです。
 それには一日一日を大切に、毎朝、毎晩ガッツリ追い込んで、考えて、たくさん食べて、しっかり休んで…。シンプルですけど、それが自分の生活の全てです。他にやることないし(笑)、言い換えると、これ以上楽しいことないんです!
 国内で女子の世界戦をやるのも難しくなっている状況ですが、ひとつ夢があります。それは、ニチジョの体育館で防衛戦をやること!(笑)例えば健美祭のイベントとして、学生やOGや地域の人を呼んで…、難しいのかな?ま、そんな夢を見ながら、次に向けて頑張ります!

———その夢、是非実現させましょう!

<2012.06収録>

 小関 桃さんはプロボクサーとして、WBC女子・アトム級世界タイトルの防衛を続けています。2011年11月の試合に勝ち、7戦連続タイトル防衛を果たしました。試合後に、コメントをいただきました。

<2011.12UP>

———7戦連続防衛、おめでとう。9ラウンドまで優勢に進めていたのに試合中断となってしまって、ちょっと残念だったね。

 そうですね。あそこまでいったら、やはり最終回のゴングを聞いてスッキリ終わりたかったというのが本音ですが、相手も必死だし偶然のバッティングは仕方のないことです。でも額を切ったのが自分で、試合が終盤だったのはほんとに良かった!もし相手が負傷して前半だったら、負傷ドローになっていたので…。

———相手はどんな選手?

 伊藤選手は、本来はガンガン前に出て打ち合いを得意とするファイターです。けれど、今回は足を使ってボクシングしていましたね。1年前に、お互いスパーリングしたんですけど、その時も足を使っていました。サウスポー対策か、小関対策なのかはわかりませんが…。
 私、ゴリゴリのファイターが大好物なんです(笑)。カウンターを合わせて、回したり、いなしたり、相手の突進を空回りさせるのは、昔から得意でした。だから足を使ってきたのかな。足を使う相手には、プレスをかけてジワジワ追い込み、後半失速したところで連打を浴びせる作戦が有効です。この1〜2年、試合や色んなタイプのボクサーとスパーリングしていく中で、色んな武器を身につけてきました。

———今回はパンチに迫力があった。体も一回り逞しくなったね。かなりトレーニングした?

 それもこれも、3年前のタイトル獲得後から始めた地獄の走り込みと、どんどんバージョンアップしてくフィジカルトレーニングの成果が、少しずつ実を結んできているからだと思います。

———試合を簡単に振り返って?

 試合前は、伊藤選手がいつもどおり突っ込んできても、足を使ってきても、どっちでもいいと思っていました。結果的に、相手は足を使ってきました。でもその戦法は、こちらのスタミナ的にはすごくラクなんです。1R終わってコーナーに戻った時、「この展開だとラクだなぁ。」って思いました。セコンドの指示も、「前半はパンチが当たらなくていいから、とにかく動かして疲れさせろ。」と…。
 相手は試合で6ラウンド以上戦ったことがないし、減量もきついはずです。まして足を使って動き回れば、後半必ず落ちてくるし、パンチ力もなくなる。そしたらもうこっちのものだから、まずはじっくりプレスをかけて、近づき過ぎないことを心がけました。特に前半は、不注意な被弾や頭が当たるのが怖いですから…。
 左は警戒してくるだろうから、前半はそう当たらないだろう。右から崩してサイドから丁寧に…。という練習をしてきたんですが、思った以上に1発目に合わせる左が、良く当たりました。
 もちろん向こうもすぐ修正してきますから、同じパンチでは当たりません。心理戦でひとつ先を読むようにしました。相手が右を返してきたところをスウェーして左とか、練習でやってきたことが狙った通りにできて、4ラウンドのインターバル中にコーチに「ほら引っ掛かっただろ。」って言われました。
 上下に打ち分けたり、左から打ったら次は右にしたり、フェイントを使ってタイミングをずらしたり、同じ左を当てるにもちょっとずつ変化をつけたり、とにかくワンパターンにならないように気をつけました。
 「あのスタイルで10Rは持たない。後半どこかでガクンと落ちるからそこで勝負。」と思っていて、6ラウンドが始まる時、「さぁ、そろそろ私の時間…」と思ってコーナーを出ました。ところが想定外に相手のスタミナが落ちなくて、驚異的な粘りでした。伊藤選手は37歳です。「この試合に向けて相当ハードな練習したんだな。もともと根性ある人が、全てを賭けて挑んでくるとこんな強くなるのか。」って思いました。
 7R、8Rと進んでも相手はあまり落ちてこない。ポイントはリードしていたので、セコンドにも「このままでいい。」って言われていて、まだ「生きている」相手を強引に追い詰めたりせず、チャンスを狙っていました。

———9ラウンドにダウンを奪ったね。

 あれはタイミングが良かっただけで、おそらく効いていないと思います。私も「あっ倒れちゃった!」って思ったくらいですから(笑)。あそこでまとめようとは思わなかった。
 10ラウンドは、向こうも倒すしかないと必死だったし、こっちも逃げる気はなかった。来るなら迎え撃つという状況の中で起こった、あのアクシデントです。向こうの頭が私の眉間にぶつかりました。ぶつかった瞬間は、そんなに痛くはなかったです。でも、温か〜いのがおでこから吹き出してきて「げっ、血だ。」って思いました。

———悔しくなかった?

 ちょっと残念な幕切れだったけれど、あの出血量ではストップでも仕方がない。「しょうがねぇよな。」っていう感じ。それまではお互いの持ち味を出して、クリンチも反則もない気持ちいい試合だったのでまあ納得はしています。
 医務室で処置を受けたあと、今回の試合を裁いてくれた中村レフェリーに、「いい試合だったな。小関が頭気をつけて打っているのが良くわかったよ。すごい練習したんだな。最後のアクシデントは、防げなくてごめんな。」と声をかけていただきました。
 中村さんは、去年3ラウンドで負傷ドローとなった秋田屋戦の時のレフェリーです。あの時は自分のバッティングだったので、「自分、絶対嫌われているだろうな。」と思っていたのに、なんかそう言っていただけてありがたかったです。

———今後は?

 もっともっと、あれもこれもやりたかった。コーチと10年かけて築き上げてきた戦術の引き出しは、まだまだこんなもんじゃないんですよ!だから、課題は山積みです。

<2011.12収録>

 小関 桃さんは、女子プロボクシングの選手です。ニチジョ生の頃から、アマチュアとして活躍していましたが、2007年にプロに転向しました。現在WBCアトム級の世界タイトル保持者です。プロボクサーの生活について聞いてみました。

<2008.09UP>

———8月に行われた、世界タイトル戦の試合を簡単に振り返ってください。

 アトム級の世界タイトル戦でした。アトム級は、去年WBCで新設された女子の最軽量級です。対戦相手はタイのウインユー・パラドーンジム選手で、現チャンピオンでした。去年、私は彼女とタイで一度試合をやっていて、その時は判定で負けました。今回は1年ぶりの再戦で、ウインユーにとっては初防衛戦となる試合でした。
 国内で初の世界戦だったので、もっとガチガチになるかなと思ったけど、カーンって鳴ってからはカラダは動いていました。立ち上がりは良かったと思います。打ち合いに持ち込めればこっちに分があると思っていたので、最初からどんどん前に出て手数を出して行く作戦でした。後半のいちばんきついところでポイントが取れるような練習をしてきたので、5〜8ラウンドが勝負どころだと思っていました。
 2ラウンドにウインユーが倒れた時はびっくりしました。バッティングで頭があたった意識はあったのですが、自分は何ともないのに相手は倒れていて「なぜ?」と思いました。フックも当たってはいるのですが…。気がついたら、レフリーがカウントを取っていて、「エーッ」という感じでした。こういう試合結果は、自分としてもすっきりしないというか、心残りです…。

———試合の結果は、WBC本部の裁定待ちとなりましたね。結果が出るまでどんな気持ちだった?

 なんというか、有罪か無罪かの判決を待っているような気分でした。私自身は、今回負けたらボクシングそのものも考え直そうと思っていて、そういう意味では、白か黒かはっきりさせる日だと思って試合に臨んだのですが、新聞にも書かれたのですけど、「灰色か…。」って思いました。
 でも、負けていたら先に何もつながらなかったけれど、負けてはいないし、たとえ王座がはく奪されようと、ノーコンテストになろうと、最悪でも再戦はできるだろうって思っていました。だから、気持ちは明るかったというか前向きでした。
 8月22日に、メキシコのWBC本部から、タイトル決定の正式な通知を受けました。それとともに、1試合の選択試合をはさんで、その次の試合でウインユーとの再戦が義務づけられました。私はすぐにでも再戦したい気持ちがあり、1試合後と言わず次の試合でできるように、相手方にオファーを出しています。返事はまだもらえていませんが。次の試合は12月8日ということだけが決まっています。

———ボクシングを始めたきっかけは?

 子どもの頃はサッカーをやっていたのですが、中学になってサッカー部に入ろうとしたら女子は入れなくて、地元の女子サッカーチームに入りました。でも、練習が物足りなくなってもっとカラダを動かすために、ジムに行き始めました。
 ニチジョ2年生の時、アマチュアボクシングの全日本大会で、チャンピオンになることができました。翌年も、階級をひとつ下げてチャンピオンになりました。北京オリンピックでボクシングが正式種目になるかもしれないという期待もあり(残念ながらなりませんでしたが)、卒業してからもアマチュアでやり続けていました。
 ただ、このままアマチュアでやり続けても先が見えて来ないので、モチベーションを保つのが厳しいところもありましたが、ボクシング自体をやめようとは考えませんでした。5回大会で再度チャンピオンを取り、さらにこの上を目指すには、もうプロになるのしかないのではと思い始めました。

———どうやって、プロになったのですか?

 当時日本では、女子プロボクシンクは正式には認められていませんでした。JBC(日本ボクシングコミッション)が、認める方向には動いていましたが。ある日、コーチに「世界ランキングに入っているタイの選手からオファーがあったぞ。一足先にタイでプロをやってみるか?」って言われました。タイでは、女子のプロボクシングが認められていました。
 コーチは、昔タイでプロボクシングをやっていた人で、現地にボクシング関係の知り合いがたくさんいました。ただし、その世界ランカーと試合をするには、事前にタイでノンタイトル戦を3戦こなさなくてはならないということでした。でも3勝したら、その相手とアトム級の王座決定戦ができるとわかり、これはもうやるしかないと思いました。
 今思うと、あれが私の転機で、いちばん大きな決断だったと思います。あの時迷って「いや、やっぱりいいです。」とか言っていたら、今の自分は絶対にないでしょうね。去年の5月26日、タイでプロデビュー戦をやりました。それが決まったのは、試合の2週間前でした。それを皮切りに、6月15日、7月6日と、3週間インターバルで3戦をこなしました。

———タイでのプロボクシングはどうでした?

 試合前日にタイに入り、試合をして、すぐ日本にトンボ帰りして、次の試合のための練習という日々でした。飛行機が遅れてタイ到着が明け方になった時は、入国審査を受けながら、もうダメかと思いました。空港からそのまま計量所に直行して、ネムイ目をこすりながら体重を計り、ホテルに行って朝ご飯を食べ、ちょっと休んでさあ試合に行くぞっていう感じでした。
 3戦目には、試合会場に向かっていたクルマの運転手が道に迷い、2時間半もかかってやっと着いた時は、クルマ酔いで気持ちが悪くなっていました。会場と言っても、市場の片隅にある仮設のリングで、子どもたちの試合の合間にプロの試合が1つだけ組まれてるようなものでした。試合はもう30分後にせまっていたので、すぐに着替えてグローブを付け、アップもそこそこで試合に臨みました。結局、その3戦には全部勝つことができました。

———念願の王座決定戦ですね。

 対戦相手のウインユーは、当時タイの女子では世界ランキングが一番上の選手でした。去年の8月31日、アユタヤの試合会場で、ゾウに乗って2人並んで一緒に入場しました。乗り方がわからないので、彼女がグローブをつけたまま教えてくれ、ゾウの上に座って「タイ語はできる?」「いや、英語ならちょっと。」とか喋っていました。日本では、並んで入場することも、試合前に対戦相手と話すことも普通はないので、ちょっとびっくりしました。
 試合は判定負けでした。4ラウンドには相手がハーハーしていて、スタミナが切れているのがわかりました。4ラウンド後のポイント公開の時はほぼイーブン、敵地でイーブンってことは、こっちが勝っているってことなんですが、後半、クリンチやバッティングでごまかされている間にウケになってしまったというか、やられているわけじゃないけど勝負を決められなくて、8ラウンド後のポイント公開ではポイントが向こうに流れてしまっていました。だから今回の再戦では、後半に絶対ポイントを取るっていうことがテーマだったんですけど…。
 去年11月にも、タイで試合をしました。ライトフライ級の世界タイトル戦でした。ライトフライは2階級上で、体重は全然アンダーですけど、世界戦なんてそう何度もできるものじゃないので、挑戦できるならやりたいって思いました。対戦相手はチャンピオンのセムサン・ソー・シリポーンという人で、なんと刑務所に入っていて厚生の一環としてボクシングを始めた囚人でした。私は負けた気はしないんですけど、この時も判定で負けてしまいました。

———日本でプロになったのはいつから?

 今年に入ってからです。いよいよ日本でも女子プロボクシングができるようになり、5月にプロ立ち上げ戦、6月にノンタイトル戦をこなして、日本でのプロの戦績は2戦2勝になりました。そして今回のウインユーとの再戦に臨みました。

———世界タイトルが決定してから、どう過ごしていました?

 いちおうチャンピオンになって、少し時間もできて、「ああ、自分これから、何を目指して行こう?」ってボーッと考えていました。私がこうなるのをコーチは察していたみたいで、ある時ユーチューブでドイツの女子プロボクサーの試合を見せてくれました。WBAのフライ級チャンピオンで、それを見た時、私は衝撃を受けました。
 それは、同じチャンピオンとして恥ずかしいと思うくらい、すごい試合でした。パンチ力も、ボクシングのレベルも全く違いました。あんなすごい映像を見せられたら、自分はゼンゼン弱い!世界チャンピオンって言っても、今の私は名ばかりだっていうことがわかりました。この映像は、私を一喝じゃないけど、完全に私の気持ちを入れ替えさせてくれました。
 それから自分の地位にちゃんと追い付くための、猛特訓を始めました。今までは、朝1時間ほど走ってから、バイトに行き、日曜日以外の夜は毎日ジムで練習をしていたのですが、今までの練習はなんだったんだって思うくらい、きついものでした。

———どんな練習ですか?

 対戦相手もまだ決まってないので、今はひたすらフィジカルトレーニングをやっています。相手が確定していたら、もっと戦術的な方に頭が向いちゃって、こう来たらこうかなとか色々考えちゃうんですけど。今はまだ、バンテージも巻くなって言われています。
 今やっている練習は、普通は合宿でやるようなものです。でも私たちは、ジムにいるプロ4、5人と時間を合わせて、近くの公園に行ってやっています。コーチも、ストップウォッチと蚊よけを持って行きます。女子は私ともうひとり、ライトフライ級のチャンピオンの2人だけです。
 まず800mのダッシュをインターバルで10本、それから、追い抜き(みんなで走りながら、後ろからダダダッて抜いていく)を4キロ、17〜8分で。男子の選手と一緒なので、だんだんつらくなって来て、次の周は抜けちゃおうかなって頭によぎるんですけど、そこは我慢して。
 あとはサーキットトレーニング。腕立て、ジャンプ、小刻みに走って戻る短距離ダッシュの3通りを10セット。アヒル歩き(ひざを曲げた状態で体幹をずらさずに歩く。メチャクチャ腿にきます。)を入れて5セット。手押しグルマ(手をついて足を持ってもらう)を10往復、おんぶしてスクワットをやったあと、走って戻ってくる、など色々…、メニューがどんどん増えていくんです。

———それだけやるとお腹もすきそうですね。

 逆に疲れ過ぎて、「ウッ」ってなって食えないんです。でもそういう時ほど食べなきゃいけないから、無理矢理詰めこみます。トレーニング重ねていくうちに、持久的な練習をやればやるほど、だんだん絞られてきちゃって、マラソンランナーのような体つきになってきました。公園に向かう途中、練習のことを考えると吐き気がしてきます。やりはじめちゃうと勝手にからだが動くんですが。

———ボクシングで大事なものはなんですか?

 「おまえはスタミナはあるけど、集中力がねえんだよ。」って、コーチに言われたことがあります。スタミナを集中して使い切るっていうのが大事です。たとえば試合で10ラウンド戦うなら、11ラウンド目のスタミナなんかいらないわけで、全部使い切るほうがいいのです。
 いっしょに特訓している女子の選手は、韓国で世界戦の試合をやった時、5ラウンド終わった時点で、もうスタミナが切れていて、次のラウンドに倒せなかったらタオル投げるぞってコーチに言われ続けながら、さらに5ラウンド戦ったらしいです。スタミナ切れてもあと5ラウウンド戦えるっていうか、スタミナを全部使って出し切っちゃうところがすごい。終わったあとはぶっ倒れて、自分で救急車呼んでくださいとか言っていたらしいんですけど。
 出し切るのは勇気がいるんですよ。自分は、人と比べるとスタミナある方だと思われています。でも、使い切っちゃったらどうなるんだろうって思って恐いんですよね。だから、出し切っちゃう人はすごい。自分は、タイで2回、世界戦10ラウンドやっているけど、終わったあとはまだ力が残っていた。まだ使い切っていないんですよね。それで負けた。情けないっていうか…。だから今回の世界戦は、全部出し切ろうと思っていました。
 あと大事なのは、やっぱり精神力でしょうね。これは性格とかもあるでしょうけど、きつい練習をして初めて強い心がつくと思うんですよ。今の走り込みもきついけど、「コレ乗り切ったら凄い精神力つくぞ。」って信じながらやっています。試合前に「死ぬほど練習をしてきたんだから、大丈夫、絶対大丈夫。」って言い聞かせる。試合で勝敗をわけるのが、技術とスタミナと精神力だとしたら、技術なんて配分すると10のうち1だと思います。あとはもうスタミナと精神力。そのくらい重要っていうか、そんな気がします。

———なかなかつらい仕事ですね。

 そうですね。最近、仕事だってちょっと思ったりして(笑)。でもやっぱり自分は、逆に8時間フルタイムで働くとか、普通の人がやっているようなそういう仕事ができないから。きつい練習メニューを、800mダッシュとか、ヘドはきながらこなせても、週5日8時間勤務とかは絶対できないんです。なんででしょうね?

———ニチジョ時代のことを教えて。

 私、実は卒業が半年伸びちゃったんです。卒論を途中でドロップアウトして、単位が足りず…、ハイ。研究室のレベルが高いのも知らずに、安易に選んだのが失敗のもとでした。その時、私にとっては大事な国際試合が控えていて、卒論はチームで朝早くから夜まで実験とかをやっていて、参加しているとジムに行くのが夜遅くなり、次の日起きれない、走れない、で、もう悪循環。今考えると自分が甘かったんですけど、もう両立できないと思ってしまった。
 そして卒論をやめてしまい、他の何かの授業で後期に取りかえせばいいと思ったら、もうそういう授業はなかったんですよね。9月にも卒業できるっていうのがわかって、次の年1期下の学生達にまぎれて前期の授業を受けました。9月卒業の人は他にも3、4人いて、小さな会議室みたいなところで、学長に卒業証書を授与してもらいました。だから、みんなと一緒の卒業式には出ていません。

———シュウカツは?

 シュウカツはまったくしていません。私は就職しても絶対にやめてしまう、ひと月ももたないんじゃないかって思っていました。バイトも、長く続いたことがないので。3か月以上続かないんですよ。こらえ性がないんでしょうか。ボクシングをよく続けていけるねとか言われるんですけど。
 ただ、さすがに将来のことも心配だったので、ニチジョを卒業したあと、栄養学校に行って栄養士の資格を取りました。でも結局、ボクシングをやりながらでは、栄養士としてフルタイムで働くことはできないので、今は、老人ホームの厨房で調理補助のアルバイトをしています。これは半年続いています。母に、「こんなに続いたのはじめてだね。あんたにしては良くがんばっている。」って言われます。

———今はアルバイトで生活しているのですか?

 そうです。週に3、4回、10時から2時までの昼限定でやっています。続く秘訣は、毎日やらないことですね、ウン。2日に1回とか、試合でしばらく休むとか、そうするとなんとか続きます。私がボクシングやっていることは知っていて、チーフも応援してくれ試合の時も予定を考慮してくれたりするので、ありがたいです。
 こんな調子なので、あまりお金にはならないです。ジムの会費と交通費とあとちょっとくらい。いつも親に前借りしているので、給料日にそれを返すみたいな感じです。親元にいるので、ご飯もあるし他に使うこともないので、今は甘えさせてもらっています。次の試合で私はどうなっているかわからないし、先のことは今のところ短いスパンでしか考えられないですね。

———ボクシングをすることでお金になりますか?

 アマチュアの時は、全て自費でやっていました。タイでプロとしてやっていた頃は、行き帰りの交通費と滞在費などは出してもらえました。今も、ボクシングではそんなに稼いでいませんが、今回の試合では、ファイトマネーをちょっともらいました。母に渡したら「貯金しておきなさい。」って言われました。対戦相手に選ばれて試合に招聘された時などは、ファイトマネーの金額の提示があったりするようです。
 あとは、チケットを売ってプロモーターに還元する金額との差額をもらうとかです。今回は、試合を観に来てくれるだけでありがたいと思ったので、友達には差額もナシで買ってもらって、そのままジムに渡しました。実は、今回の試合のポスターを見たときに、「私のために、こんなに高いチケット代を払って観に来てくれるお客さんはいるんだろうか?」と思いました。でも同じ日に試合した選手が、お客さんをすごく呼べる実力の持ち主なので、お客さんはかなり入ってくれたみたいです。
 ファイトマネーだけで暮らしていくっていうのは、男子の世界チャンピオンくらいじゃないでしょうか。だから、大体みんなバイトしながらやっています。テレビも、亀田兄弟みたいに話題性のある人であればゴールデンタイムでやったりしますけど、普通は日本タイトルマッチでも夜中の放映ですから、放映権料と言っても会場代程度みたいです。

———ボクシングを続けていくためのモチベーションは何ですか?

 ファイトマネーっていうのは、私にとっては、あまりモチベーションにはならないですね。ボクシングやっている中で欲しいものと言ったら、自分の中では、強い人とやりたいとか、実力を認められたいとか、そういうことはいっぱいあります。
 自分は地味なタイプなんで、強い人とやらないと自分を発揮できないというか、強い人に勝って初めて自分の実力を証明できるというか…。ハデじゃないんですよね。ライカ選手みたいに、ブンって一撃で倒しちゃうとか、ああいうのがないんで。10ラウンドしっかりやって、相手に「ああ小関にはかなわない。」って思わせて勝つというのが、自分のスタイルだと思っています。

———プロとアマの違いはなんだと思う?

 アマチュアの時、「気持ちだけはプロだ」ってコーチに言われました。それでコーチも本気で教えてくれるようになったようです。毎日走って毎日練習することは、自分にとっては当然で、だからプロになる時にすごい気持ちの切り替えをしたことはないんです。
 ただ、もっと勝ちたいという意識が強くなりました。チャンピオンになって、より責任感が増したような気がします。もう恥ずかしい試合はできない。次もちゃんと勝って、初めてそれでプロ、チャンピオンだって認めてもらえるんだろうなと思っています。
 コーチに「今までは、アトム級何位とか言ってもなかなか相手にしてくれなかったけど、今はベルト持っているんだから、一流選手でも喜んでやってくれるし、やる権利を持っているんだよ。」って言われて、なるほどと思いました。

———今の夢を教えてください

 ユーチューブで見た、あんなチャンピオンが目標です。でも次の試合で、自分があんな試合できるかって言ったらできないけど、絶対に。次の次もまだできないだろうけど、でも、いつかああいうほんとに強い、真の世界チャンピオンになりたいです。女子でも、6回戦やっている男子ボクサーなんかぶっ倒しちゃうくらいのね。何戦かかるかわかんないけど、一戦一戦積み重ねていけば、いつかはと思っています。

———家族はボクシングをやることについてどう思っていますか?

 父は、ホントはあまり良く思っていないようです。アマチュアの頃は賞状なんか持って帰ると、「おう良かったじゃないか」なんて言ってくれたりしたのですが、私がタイでデビューする時は猛反対していました。私には直接言わなかったのですが、母とはかなり言い合いになったらしく、母は、「もう仕方ないじゃない。やるって言っちゃったんだから。」ってなだめていたようです。
 母は応援してくれます。今年の5月6月の試合は、応援団長みたいになって、知り合いに声をかけてチケットもいっぱい売ってくれました。今回は世界戦だったので、兄も「おう、すごいな。」ってチケットを売ってくれました。父も、今回は試合を観に来てくれました。

———スポーツ選手は、いつか引退しなくちゃいけないですよね。そのことは考えますか?

 いつかどころか、次で最後になる可能性もあるっていつも思ってやっています。タイの世界戦の前、夜眠れないとき、「これで負けたら、ボクシングやめて何をしよう?」って考えていて、「持久力があって自転車も好きだし、あと水泳だけやってトライアスロンの選手になろうかな?」とか、とりとめもなく思ったり…。滞在中のホテルで、ジムのスタッフに「トライアスロンっていいすかね?」って聞いて、「そういうのはさあ、試合終わってから考えなよ。」って言われました(笑)。
 せっかく学校に行ったのですが、栄養士はどうも自分が食べて行くための仕事にならないような気がします。働くとしたら、やはり運動・スポーツ関係のほうがいいんだろうな。母にも「それはアンタ、調理とか栄養士とかホントに好きじゃないからよ。ボクシングのきつい練習にたえられるのは、ホントに好きだからだ。」って言われます。

———ニチジョ生はスポーツが大好きだと思うけど、スポーツを仕事にはなかなかできないですよね。全てを投げ打ってプロボクサーになる…、そういう生き方、他のニチジョ生にすすめますか?

 すすめない。だって、自分はホントに、出会った人とか、タイミングとか、そういうのがピタッと、最高にベストな感じで一致して、今があるんだなって思うから。1つでもずれていたら、すべて崩れていると思うので、自分と同じようにしたらいいとは絶対言えないです。ただ、好きなことがあるとしたら、一番好きなことは、諦めちゃいけないんじゃないかなとも思います。大学4年の時にボクシングやめて、ハイ就職しなさいって言われても、自分にはできなかったし…。
 でも例えば、友達の小堀はすごいシュウカツをして、あいつのプロ意識はそこにあったというか、就職活動をすることで彼女のプロ魂が開花したんじゃないかな。ずっとホテルで働きたいって思っていて、その夢をかなえたんだから。大澤だって、なんであいつが店長なんだよって(笑)。戦う場所は違うけど、ニチジョ生って、社会のなかでリーダーとしてやっていったり、自分の願望や夢を実現する方向に向けてくパワーがあるっていうか、そんな気がするんですよね。人生に対して、前向きというか…。

———ボクシングには、どんな人が向いてると思いますか?

 腕が長い、足が長い、筋肉質とか、そりゃいっぱいあるんですけど、最近になってつくづく思うのは、やっぱり地道にコツコツできるヤツっていうか、あきらめないヤツ。途中までは、運動神経で勝つこともあるんでしょうけど、でもやっぱり最後は、早く走れるんじゃなくて、諦めないでゴールできるヤツ、そういうヤツが勝つんじゃないかと思う。
 長くやっていたら絶対強くなりますよ、ボクシングは。女子のボクシングについて言えば、もっと広まればいいなとは思ってはいます。ニチジョ生なら、素質はみんなあると思うけど…。もちろん、教える人とか周りの環境もあるんですけど。自分が強くなって来たのは、コーチのおかげですね。

———最後にチャンピオンベルト見せてください。

 この国旗の数だけ加盟国があるという話です。男子のは、もうちょっと大きくてまるいんです。チャンピオンじゃなくなっても、このベルトは持っていられます。

———まいて寝たりした?

 寝ませんよ。痛そうじゃないですか(笑)。